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大津地方裁判所 昭和26年(ワ)82号 判決 1954年1月30日

原告 植村節

被告 近江絹糸紡績株式会社

主文

被告が昭和二十六年九月四日原告に対してなした解雇の無効なることを確認する。

被告は原告に対し昭和二十六年九月四日以降毎月六千五百九円四十銭宛の金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、第二項に限りかりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項乃至第三項と同旨の判決竝びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のように述べた。

一、被告会社は絹紡糸、スフ糸、綿糸その他の織物原糸及び各種織物の製造加工販売を目的とする株式会社であつて、原告は被告会社の従業員として同会社彦根工場に勤務し、右工場の従業員をもつて組織する近江絹糸彦根労働組合(以下単に組合と称する)の組合員であつたものである。

二、ところが昭和二十六年九月四日原告は自己の職場で就業中、被告会社彦根工場の阿閑人事課主任より呼出をうけ午前十一時頃同人より「勤務状態が悪い、従つて職場の統制をみだす」との理由で解雇の通告をうけた。しかしながら右解雇の意思表示は左の事由によつて無効である。すなわち、

(イ)  原告は昭和二十三年五月二十八日被告会社に入社以来紡連粗科の工員として三年余に亘つて勤続し、右職場における最古参者であつて、その間やむを得ざる病気のため一日欠勤したことがあるだけにすぎず、賞金序列からも最上位に属し、係長補佐としての責任ある地位にあつた者であつて、上敍解雇理由に示されたような事実は全然存在せず、従つて原告には被告会社と組合との間に締結されている労働協約第二十二条に規定された解雇事由中第一号の「勤務成績著しく不良にして組合においても悔悛の見込がないと認めた時」にも、また被告会社の就業規則第十二条の解雇事由第五号の「勤務成績劣悪なるとき」にも該当する事実なきは勿論、右労働協約、就業規則等に定められた他の解雇事由に当る事実も全然存在しないのであつて、本件解雇の意思表示はこの点において当然無効のものといわねばならない。

(ロ)  而して本件解雇の真因が何にあるかというに、由来本件組合は何等自主性なき戦時中の産報的性格から一歩も脱却していない露骨な御用組合であつて、原告はこのような組合の在り方に不満を抱いていたところ、かねてより組合の活動状況を注目しつつあつた全国繊維産業労働組合同盟―いわゆる「全繊」―が、たまたま昭和二十六年六月三日彦根工場内で突発した惨事(女工員二十三名の圧死事件)を契機として、県下全労働者の地位向上、生活擁護、労働組合民主化等の運動の一環として、被告会社竝びに組合の猛省を促すため「近江絹糸民主化鬪争本部」なるものを設け、全労働者の支援を求める趣旨の声明を発したので、原告もこれに共鳴し、組合民主化のため微力を尽そうと決意するに至つた。ところがこのことが、内部的事実の曝露を極度に恐れる被告会社より猜疑の目をもつてみられ、寮長押谷健一より「会社から注意人物と目されているから気をつけよ」との注意をされたこともあるが、間もなく本件解雇の通告をうけるに至つたのである。敍上の事実から推すときは、本件解雇は実質上原告が右の如き正当な組合活動をしたことを理由とするものであることは明白であつて、労働組合法第七条第一号の不当労働行為に該当し、この点からも無効である。

三、かくして原告は現になお被告会社の従業員たる地位を有するところ、右解雇の意思表示があつた昭和二十六年九月四日以降の賃金の支払をうけておらず、当時の原告の平均賃金は一ケ月金六千五百九円四十銭であつたから、ここに右解雇の無効たることの確認と昭和二十六年九月四日以降の平均賃金の支払を求めるため本訴に及んだものである。

とかように陳述し、なお、被告の主張に対して、

被告会社の本件解雇通知に先立ち、昭和二十六年九月二日組合において賞罰委員会が開かれた事実は存在せず、右委員会で原告の除名決議がなされた事実もない。原告の除名に関する組合の議事記録は本件解雇を正当化するため後日になつて作られた仮装のものである。かりに右の決議があつたものとしても、(イ)原告には組合が右除名の事由とした勤務振り怠慢の事実がなかつたことはすでに述べたとおりであるし、(ロ)そもそも従業員の「勤務振り」如何は従業員と使用者との個別的労働関係の問題であつて、本来使用者の人事権に属し、―(特に組合の経営参加を許す労働協約のない限り)―労働組合の関与し得ないものである。労働組合はいかなる問題についていかなる場合に組合員の除名をなし得るかといえばそれは厳格に組合と組合員との関係すなわち組合内部の問題に関するものでなければならないのであつて、被告の挙示する会社内における勤務怠慢を事由としてはかかる制裁を科し得ないこと余りに明白である。

さらに、組合の本件除名決議は、その手続において重大な瑕疵があり無効たるを免がれない。被告の主張によれば原告に対する除名は、執行委員勝間田友彦の申告に基いて組合の賞罰委員会に附議決定せられたというのであるが、(イ)除名というが如き組合員たる労働者にとつて生命を奪うにも等しい処分は、いわゆる大会決議事項として組合大会における多数決によつて決せらるべきものであつて、たとえこれと異なる組合規約があつても、かかる規約はその効なきものである。(ロ)のみならず、賞罰委員会規則第五条によれば、委員会の決定は事実調査の上でなすべきことに定められているのに、本件にあつては単に申告者の一方的発言をきいたのみで何等事実調査をせずに除名が決定されており、被申告者たる原告に弁解陳述及び反証提出の機会も与えられていない。(ハ)また右規則第六条には、除名は「一般に公示する」とあるが、かかる公示のなされた事実もなく、ために原告は除名決議に対して第九条所定の異議申立、再審議の要求をなす機会も得られずして終つた。

以上縷述の如く、本件除名は根本的に除名事由となし得ない事実に基いて強行され、且つこれが決定の手続に幾多重大なる瑕疵が存在するのであつて、かかる除名処分はよしそれが実際になされたものとしても到底有効のものとなし得ず、これに基く被告会社の解雇もまた当然無効だといわねばならない。

と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告主張事実中請求原因(一)の事実、被告会社が昭和二十六年九月四日原告に解雇の通告をなし同日限り原告を解雇したこと、及び当時の原告の平均賃金がその主張の額であつたことはいずれもこれを認めるが、右解雇が無効であるとしてなす原告の主張事実はこれを争う。本件解雇は次のような事実に基いてなされたものであつて毫も違法のかどはない。

すなわち、原告は昭和二十三年五月被告会社に雇傭され、前紡連粗科の工員として勤務していたが、その勤務振りは怠慢で兎角の非難があり、再三の注意にもかかわらずその態度を改めないばかりか、就業時間中に業務を離れ、工場内でぶらぶらする等のことが重なつたのである。そこで前紡連粗科の担任者たる勝間田友彦より右の点が摘発され、近江絹糸彦根工場の労働組合は昭和二十六年九月二日緊急執行委員会を開催してこれを組合の賞罰委員会の議に附すべきか否かをはかつた結果、右委員会に附議することに決したので、田中執行委員長が右賞罰委員会の議長となり委員会規則に従つて審議の上、原告には上敍の如き非行があり、右は労働協約第二十二条第一号に定める勤務成績不良にして組合においても悔悛の見込のないものと認めるときに該当するものとして万場一致をもつて組合員たることを除名する旨の決議がなされた。而して被告会社と前記組合との間に締結せられている労働協約によれば、組合員たる従業員が組合より除名せられたときは会社はこれを解雇する旨のいわゆるユニオン・シヨツプ条項が定められているので、被告会社は右条項の履行として同月四日原告を解雇したものである。

右の如く、本件解雇は労働協約上当然なさるべきことをなしたまでであつて、毫も違法の点なく、これをもつて不当労働行為呼ばわりせられるのは迷惑至極というの外はない。

と述べた。(証拠省略)

理由

被告会社が原告主張の如き事業を目的とする株式会社であつて、原告が昭和二十三年五月被告会社に雇傭され、彦根工場の前紡連粗科の工員として勤務し、右工場の従業員をもつて組織する組合の組合員であつたこと、及び昭和二十六年九月四日原告が被告会社彦根工場の阿閑人事課主任を通じて被告会社より解雇の通告をうけたことはいずれも当事者間に争いがなく、被告会社と組合との間に締結されている労働協約にはその第二十二条において、組合員たる従業員を解雇すべき場合の解雇事由が定められていることは成立に争いのない甲第一号証によつて明かである。原告は、前記解雇は労働協約及び被告会社の就業規則に定められた解雇事由に基かない無効のものであると主張するのに対し、被告会社は昭和二十六年九月二日組合において原告を除名する旨の決議があつたので、労働協約第二十二条所定の、従業員たる組合員が「組合から除名されたとき」は会社はこれを解雇する旨の条項に基いて解雇したものであつて、何等不当はないと抗争するので先ずこの点について判断する。

成立に争いのない乙第二、三号証に証人田中四郎、同勝間田友彦、同酒井菊之助の証言及び右酒井の証言によつて成立を肯認し得べき乙第一号証を綜合すれば、本件組合においては組合規約をもつて組合員の褒賞及び懲罰に関する事項を協議決定するための機関として賞罰委員会が設けられており、組合員に一定の非行があつた場合には賞罰委員会において当該組合員に対して譴責、除名、損害賠償等の懲罰を科し得ることが定められておるところ、原告が昭和二十六年八月二十五、六、七日の三日間に亘つていずれも就業時間中の午後五時過ぎ頃、前紡連粗保全室の出口でタ涼みをなし、また九月一日には右保全室で同僚二名と雑談をしており、再三の注意にも拘わらず、その後も工場内をぶらぶらとして一向に作業に身がいらず、はては他人を引入れて怠慢の道連れとなす傾向が顕著であるとして、九月二日前紡連粗科の担任者勝間田友彦より摘発され、右摘発に基いて同夜開かれた賞罰委員会において右の事由により原告を組合より除名する旨の決定がなされたことを一応認めることができる。原告は前記乙第一号証の議事記録は被告会社の解雇を正当化するため後日になつて作られた仮装のもので、かかる除名決議は実際にはなされていないと主張するが、右主張を確認するに足る資料はない。

そこで進んで、右除名の決定が本件の場合果して適法のものとしてこれを有効視し得るかどうかを考えてみるに、本件に顕われた原告側被告側の全証拠を比較考量するときは、原告に前記摘発の事由とされたような著しい勤務不良の事実があつたものと認めるには十分でないばかりでなく、たとえ就業時間中暑さ凌ぎのため職場の出口で二、三回涼をとつたような事実があつたものとしても、これに対する懲罰として組合員たることを除名するが如きは、次に述べるような理由によつて、到底適法な行為とはなし難い。

労働組合法第二条には「労働組合とは、労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体…………をいう」と規定されており、右の目的を達成するため憲法に認められた団結権を行使して使用者と団体交渉を行い、且つ労働条件に関する一般的基準を設定するための労働協約を締結することが労働組合の主要なる機能とされるわけである。而して、労働組合も一個の団体的組織である以上、その組織を維持発展せしめるためには、内部的統制を必要とし、これに違反した組合員に対しては懲罰をもつてのぞみ、その防遏を計ることは当然のところといわねばならない。しかしながら、(1)いかなる行為が右の統制違反に当るかといえば、それは敍上労働組合の性格にかんがみ、組合の団結を紊し、その機能発揮に支障を来たす等組合としての正常なる維持運営を阻害する行為、いいかえれば組合の内部規制に関する行為に限らるべきである。また(2)統制違反行為に対して科せらるべき制裁についても、それが組合内部の秩序維持の問題たることよりして自から限度が認めらるべきであつて、もしその制裁が違反行為に照らして著しく苛酷であり、社会通念による限界を超えている場合には、かかる制裁は懲罰権の濫用に属するものとしてその効力を否定さるべきであろう。しかも、除名処分の如きは、その者を組合から追放し組合員としての身分を剥奪する行為であり、殊に会社と組合との間にいわゆるユニオン・シヨツプ協定が結ばれている場合における組合員の除名は、これによつて従業員たる地位の喪失をも招来する重大な処分であるから、その違反行為が著しく反組合的であつて、組合に甚大な損害を与えたとか、あるいはその違反者を組合員にしておくと到底組合の団結を維持できないといつたような場合でなければ除名の正当事由にはならないものと考えられる。かくて敍上の見地よりするときは、前記組合の賞罰委員会において除名事由として取り上げられた原告の作業怠慢の事実の如きはむしろ原告が被告会社の従業員として会社に対して有する労働契約上の義務履行に関する事柄であつて毫も組合の内部規制に干するものではなく、また右の作業怠慢の程度にしても左して重大なものがあつたとは認められないのであるから、右のいずれの点よりするも本件除名処分は正当の理由に基かない不適法のものというべく、手続上の瑕疵を云々するまでもなく明かに無効だといわねばならない。もつとも組合の賞罰委員会規則(乙第三号証)第八条には、懲罰を適用する範囲の一つとして「素行不良で工場の秩序風紀を紊したとき」が定められており、前記証言によれば組合では原告の行為が該条項に該当するとして除名を決定したものであることが推測されるのであるが、組合の組合員に対する懲罰権の根拠がすでに述べたように使用者たる会社の利益擁護のためではなく、専ら組合自体の維持統制の必要に存することからすれば、同条項の「素行不良」というのもひとえに労働者の団体たる労働組合の組合員としての品位を汚し、よつて組合全体に不利益を及ぼす如き不良行為を指称するものと解するのが相当であつて、この意味において原告に除名に値する「素行不良」があつたとは認められないから、かかる規則の存在する事実をもつてしても未だ前示判定を覆えすには足りない。

果してそうであるならば、原告は右除名決議によるも未だ彦根労働組合の組合員たる地位を失つていないものというべきであるのに拘わらず、被告会社がかかる無効の除名決議に基き、労働協約第二十二条末号の解雇事由ありとしてなした原告に対する本件解雇の意思表示もまた当然無効だといわねばならない。

而して昭和二十六年九月四日の解雇当時における原告の一ケ月の平均賃金が金六千五百九円四十銭であつたことは当事者間に争いがなく、右九月四日よりその賃金の支払をうけていないことは、被告において明かに争わないのでこれを自白したものとみなす。

よつて原告の請求を全部正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小石寿夫 八塚英一 杉本保三)

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